本棚から始まる、整理と思考

片付けたい!は本当か?
暮らしを軽く、人生を深く。
そのためにまず、本棚を眺めるところから始めてみました。
私は片付けや断捨離には関心があって、知識としては得ているつもりです。
中でも小林正観さんのお話が好きです。
ただ、掃除や片付けについて知ろうとするほど、本や道具が増えていく。
その矛盾に苦笑いすることがあります。
新刊が出れば手が伸びる。気になるテーマがあれば読んでみたくなる。増やしたくないと思っていても、知りたい気持ちの方が勝ってしまう。
片付けたい気持ちはあるけれど、私にとって片付けは、実践する対象であると同時に、知りたいテーマでもあったようです。
手放した後に残っていたもの
本棚からあふれた本を見るたびに、数年前の親の住み替えを思い出します。
両親は幸い元気です。
ただ、最近では呼び出されることが増えました。病院の付き添いや買い出しではありません。
YouTubeでコメントしたい。
ChatGPTの回答を印刷したい。
Excelで作った家計簿を見やすくしたい。
Wordで俳句集を作りたい。
そんな相談を受けて、毎回使い方をレクチャーしています。
知的好奇心が長生きの秘訣なのかも。
両親は数年前、夫婦二人で住むには広い家からマンションへ住み替えました。
そのとき、あらゆるものを手放していました。思い出のものも、ほとんどありません。でも、思い出のものなんて何かあったかな。
そこには、両親の思い切りの良さと、覚悟のようなものがありました。
でも、自分の使い慣れた「お箸」がいつもの場所にあったとき、
それだけで十分だなと思いました。
同時に、「思い出」という概念に刺激を感じました。
さて、自分はどうだろう?
私にも知的好奇心があります。一番多いのは、本やテキスト類。
読んでいない本もたくさんあります。
料理の本。ダイエットやストレッチの本。
電子書籍にできるだけ移行してきました。それでも、紙の本で残しておきたいものもあります。
本を手元に置いておきたい気持ちには理由があります。
以前、参考にしたいテキストがなくなっていて、困ったことがありました。
その経験が、手放す行動にブレーキをかけてきます。
ただ、ほとんどの本は、もう手元になくても困らない。最近はそう思います。
愛読書と呼べる一冊への憧れだけは、残っているのですが。
片付けの先にある、情報の整理
片付けのことを考えているうちに、関心は持ち物だけではなく、情報の管理にも広がっていきました。
コロナ禍を経験した私たちは、もし自分に何かあったら、ということを一瞬でも想像したのではないかと思います。
書類やデータ。特にデータ回りは気になります。
他にも、どこに何があるのか。何を契約しているのか。
自分ではわかっていても、家族にはわからないものがあるかもしれません。
必要性は前からわかっていました。
ただ、最近変わってきたのは緊急度です。少しずつレベルが上がってきている。だから、意識が向いたときがチャンスだと思っています。
データ管理、パスワード管理、エンディングノートなど。
このサイトでも、取り上げていきたいと思っています。
会社の仕事に置き換えてみる
本棚からあふれた本を眺めながら、ある考えが浮かんできます。
会社の仕事、って捉えたらいいのか。
例えば、書類倉庫がいっぱい。必要な資料がどこにあるかわからない。引継ぎ資料もない。担当者しかわからない状態になっている。在庫管理もできていない。
仕事なら、きっと問題になります。
ところが家のことになると、不思議とそのままになっていることがあります。
先ほど紹介した父親ですが、俳句集を作ることを「仕事」と言っています。
昭和の人らしい言葉です。
仕事で活かしているスキルをプライベートでは活かせないという人もいらっしゃいます。
家の中では休養優先に脳が働くのかもしれません。
ただ、50歳を過ぎたら、そのオンとオフの境界を徐々にならしていく時期なのかもしれません。
これから考えてみたいこと
本棚の整理を考えていたはずなのに、気づけば考えていることはずいぶん広がっていました。
思い出のこと。
本を残しておきたい理由のこと。
データやパスワード管理のこと。
そして、仕事では当たり前にやっている管理を、家の中ではどう考えたらいいのかということ。
どれも、どこかで目にしてきた話です。
でも、自分のこととして考えるには、入口が必要だったのかもしれません。
私にとっては、それが本棚でした。
本棚から始まった話は、もう少し続きそうです。

